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シュールな画風で社会を風刺 ミャンマーの検閲時代を闘い抜いたサンミン

Myanmar

豪快にして繊細、アグレッシブでありながら慎ましやか。相反するようでいてその実、そこに同根の鬱屈を感じさせる、サンミンはそんなアーティストだ。

モダンアートムーブメントの立役者

1970年代後半から2000年代終盤にかけて、ミャンマー美術界は苦悩の年月を過ごした。高まる民主化運動のさなかにあって、軍事政権による検閲は厳しさを増し、数多くのアーティストたちが獄につながれた。
この暗黒時代に、ミャンマーのモダンアートの展開を担った存在が2つあった。
ひとつは、1979年にヤンゴン大学の美術クラブの学生やOBが中心になって立ち上げたアート集団「ガンゴーヴィレッジ」。モダンアートにはじまり、時代が進むにつれてインスタレーションやパフォーマンスアートなど、実験的なさまざまな試みに挑戦し、ミャンマーのコンテンポラリーアートの礎を築いた。
もうひとつは1989年創設の「インヤーアートギャラリー」で、ギャラリーと銘打ってはいるが絵の売買はせず、いわばワークショップ。通常のギャラリーでは検閲で排除されてしまうようなモダンアーティストたちに表現の場を提供した。
この2大ムーブメント両方の立ち上げに、中心的存在として加わっていたのがサンミンだ。

ウ・タント事件で投獄

1951年に生まれたサンミンが絵を描き始めたのは少年時代だったという。ミャンマーではいまだに授業で美術を教えない学校がほとんどだが、彼の通っていた学校では週2回、美術の授業があったのだ。
「絵画と出会えたのは幸運だったよ。しかも当時の教師陣のひとりは、後に印象派の画家として成功をおさめるルンジュエだったんだ」と、深い皺を刻んだ相貌を破顔させてサンミンは嬉しそうに語る。
ヤンゴン大学では生物学を専攻し、美術クラブの代表を務めた。1974年に卒業すると政府系の仕事に就くが、出勤したのはたった7日。俗に言う「ウ・タント事件(*)」が勃発したのだ。サンミンはアートによる抗議活動などを主導して逮捕。3年1ヶ月にわたり、インセイン刑務所に投獄された。この経験は、のちの「監獄シリーズ」へと繋がることになる。

* 国連事務総長を務めたウ・タントが亡くなった際、その遺体の帰還を巡って軍と学生が衝突した事件

  • 作品名:In Isolation
    制作年:2018

  • 作品名:The Tught Place
    制作年:2017
    サイズ:84×84cm

古本から世界のアートシーンを垣間見る

1970年代の彼の作風は、スーラに影響を受けた点描画からキュービズム、そしてシュールレアリズムへと、彼の人生と同じくめまぐるしく変化した。この頃のことを、彼は柔らかい声の陽気な語り口でこう振り返る。
「洋書や洋雑誌はほとんど国内に入ってこず、今のようなインターネットもなかったからね。なんとか海外のアート情報に触れようと、欧米諸国の大使館員などが手放す古雑誌を古本屋街で必死であさってまわったものだよ」。
こうして、2000年代に入る頃には今のような、アクリル絵の具を使うシュールな作風に落ち着き、その後はインスターレーションやパフォーマンスアートへも発展していった。その間数十年にわたり、政治と社会の風刺というテーマは一貫して守ってきた。
実はサンミンに会う少し前、アウンミンにインタビューをする機会を得た。その際、「政治的アートといえばサンミン」というフレーズが何回もアウンミンの口から飛び出し、「ミャンマーの近代美術史を語るならサンミンに会うべき」と、巨匠みずからアポイントをアレンジしてくれたほどだ。

  • 作品名:Double Face
    制作年:1999
    サイズ:122×92cm

  • 作品名:Old and New
    制作年:2019
    サイズ:91×91cm

検閲もアートの一要素

サンミンの代表作は、先述した監獄シリーズのほか、動物頭シリーズ、銃シリーズなどがある。
有名なのは、刑務所からの釈放後すぐに描いた「Age of Full Bloom」。当時のビルマ国旗を連想させる服を着た女性の頭部をバラの花束に差し替えた絵だ。現在、シンガポールのナショナルギャラリーが所蔵するこの絵を有名にしているのは、キャンバスの表面にいくつも押された検閲失格のスタンプによるところが大きい。皮肉なことに、この“毀損”こそがいまや大きな価値になっている。検閲官は意図せずして、この絵がパフォーマンスアートとして完成するのに一役買ったのだ。
日本の福岡アジア美術館も彼の作品を複数所蔵している。動物頭の選手たちがサッカーに興じる「Competition」もそのひとつ。大トカゲやゴリラの頭の選手たちがサッカーに興じている。人間であるサッカー選手を、希少動物さながらに高額で売り買いする社会を皮肉っている。

  • 「Age of Full Bloom」(1979年/89×59cm)。シンガポール・ナショナルギャラリー収蔵。花束の右側はじめ、少なくとも6か所以上の検閲印が確認できる。

  • 福岡アジア美術館所蔵の「Competition」」(2003年/178×117cm)。「第12回・サンミン個展」のパンフレットから。

ミャンマー初のインスタレーション?!

彼を有名にした作品にはもうひとつ、「Food Stall」がある。1983年の個展の際、ダウンタウンの屋台を描いた絵をギャラリーに展示したサンミンはその時、「何かが足りない」と感じたという。そこで絵の前に屋台の客席を再現し、絵を観に来た人びとに料理を出しさえした。
結果、この作品は作家と鑑賞者がインタラクティヴな関係を築くインスタレーションとなった。鎖国に近い状態だったミャンマーには当時、インスタレーションの概念は入ってきておらず、これが最初期のひとつとなった。

ダウンタウンの雑踏に囲まれたアトリエで

サンミンは20年以上ずっと変わらず、ダウンタウンにある商店や住宅の密集エリアに建つアパートの一画に住み、クラクションや荷役夫たち掛け声が響いてくる小さなアトリエで精力的に作品を造り続けている。増え続ける作品の収蔵のためには、郊外に別に家を借りた。
「20年以上住み慣れたダウンタウンを離れられないだけだよ」と軽く言うが、社会や政治を庶民の目線で風刺する不動の視点のためには、こここそが最適の場所なのかもしれない。

  • 市井にとどまり社会を見つめ続けるサンミン


文責: Maki Itasaka