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精神世界が筆を突き動かす ココジー氏個展「思索の糧」” Food for Thought”

Ko Ko Gyi

Myanm/art

Nov 02 - Nov 16, 2019

Myanmar

物事の表層ではなく、心の奥底から吹き上がるものを表現する。心理学者でもあるココジー氏が描くのは、自分の内面。もともと論理的でもない、絵として成立しているのでもない心の中をキャンバスにたたきつけたような抽象画だ。この言葉にするのが難しい芸術の展示会「思索の糧(Food for Thought)」が11月2日、ミャンマート(Myanm/art)で開催された。

  • シンプルながら多くの要素を含有するココジー氏の抽象画

ココジー氏の作品の特徴は、キャンバスを埋める背景の上に、太い筆で力強く描かれるシンボルのようなものが載せられている点だ。作品によっては、さらにもうひと筆が加わることもある。これは絵なのか、文字なのか、記号なのか。ココジー氏によくよく尋ねると、おそらくそのいずれでもないということがわかってくる。

  • 無題、94cm x 94cm、アクリル画、2017年

  • 進歩のオーロラ、94cm x 94cm、アクリル画、2019年

例えば、作品の最後に描かれた大きな円。ココジー氏は「円は満足している状態を表すもの」と解説したかと思うと、「私は政治犯として収監されていたことがある。私にとっては、円は監禁、そして監獄を意味する」とも語る。満足と監禁。自分の心の中の矛盾する要素を無理に整理しようとせず、そのままひとつの表現に落とし込む。人間の心は矛盾をはらむ。だからそれを表現したものは矛盾があって当然だということなのかもしれない。

  • 上段から「夢の物語」、「永遠の許し」、「甘美な記憶」

太い力強く書かれたシンボリックな直線や曲線は人の目を引く。四角形や縦横に規則だった線であったりと安定感があるものもあれば、勢いの良い斜めの線が重なり合うなど、一層力強さを感じさせるものもある。背景とその上に配置される線の色使いも印象的だ。ココジー氏は、「色そのものよりも、色のコンビネーションが重要なのだ」と話す。

  • 魂の窓、94cm x 94cm、アクリル画、2019年

マンダレーを拠点に活動

1937年生まれのココジー氏は、第二次世界大戦時の日本軍のビルマ侵攻による戦火を経験している。防空壕で勉強した経験があるという。正式な教育を受ける機会を逸したが、バインガレーやバテら芸術家に師事して絵画を学んだ。内面世界に関心があったココジー氏はその後、マンダレー大学で心理学を修め、ハンガリーにも留学した。現在までマンダレーで活動し、そのシンプルで力強く、それでいて奥深い画風は、ミャンマーの抽象画家らに大きな影響を与えた。

  • ココジー氏は第二次世界大戦の戦火も経験している

ココジー氏と同じ展覧会に出品したことがあるミャンマーの芸術家のひとりは、「彼は実際に存在するものを描いているのではなくて、心に浮かんだものを色づけして表現している。それはとても難しいことだ」と話す。複雑な生い立ちや環境から醸成されたであろう複雑な心のうちについて、ココジー氏は「表現できるようにしようとしている」と話した。心理学者として人の心の動きを論理的に説明する学問を修めたからこそ、その論理では収まりきらない部分を見つけたのかもしれない。まだまだ表現しきれていない複雑な心理が、彼の胸には眠っているに違いない。


文責: Yuki Kitazumi